Mission 〜私の使命〜
目的を達成するデザインで、ビジネスを加速するきっかけになる。
Vision 〜将来の理想像〜
関わった方の幸福度を上げるとともに、その先にいる方をも幸せにする。
Value 〜叶えるための7つの指針〜
・多角的に物事を考えて行動する。
・失敗を恐れない、怖くても進む勇気を持つ。
・自分がされて嫌なことは絶対にしない。
・人を幸せにできないビジネスには関わらない。
・誰に対しても、バカ正直に向き合う。
・起こることの全ての責任は自分にあると考え、責任を取る覚悟を忘れない。
・お客さまとの約束はもちろん、自分との小さな約束も守り続ける。
デザイン制作事務所 Designhop Mei’s 代表の山下 奈津子です。
このページにたどり着いていただき、ありがとうございます。
屋号 | DesignShop Mei’s |
開業日 | 2021年1月 |
代表者名 | 山下 奈津子 |
経歴 | 【学生時代】 アパレル販売員としてアルバイト 【正社員】 プロモーション会社 企画営業 運送会社 事務 ウェディング業界 ウェディングプランナー(営業) 2021年1月 未経験ながら、Webデザイナーとして開業 制作会社との業務委託契約を中心に活動。 2021年10月 法人企業様と専属デザイナー契約 のちにマーケティング相談役としてアドバイザリー契約 個人事業主・中小企業様向けの サイト制作、デザイン制作、マーケティング相談を軸に活動中。 |
ヒストリー
学生の頃は、アパレル業界でアルバイトを経験。
初めての就職先は、プロモーション会社でした。
販売員を経験して、物が売れる仕組みづくりに興味を持ちプロモーション企画・営業の道に進みました。
営業として入社したのですが正社員になるために【飛び込み営業で名刺を100枚配る】というミッションを与えられ、社会の洗礼を受けました。
まだサボり方も知らない20歳そこそこ・・・真面目に1日中名刺を配りました。
足は棒のように動かなくなり泣きそうになりながら、訪問先に行ったことを今も覚えています。
全く相手にされないこともありました。
目の前で名刺を捨てられたこともありました。
まだ若かった私は、大人が怖くなり私に営業は向いていないと絶望しました。
何とか正社員になったのですが、日々辛いことが多くどんどん頑張れなくなっていました。
最終的には、体調を壊して休んだことで本社の部長にお叱りを受け
社長に謝罪しなさいと言われ、謝罪の電話を入れると「許してほしかったら大阪に転勤しろ。」と。
(以前から、大阪に来ないかとお誘いいただいてましたが、茶を濁していました。)
理解出来ない辞令に完全に心が折れて、結果的に私は飛びました。
本当に最低で弱かったな、と今では思えますが、私にとって人生初めての挫折でした。
それから兄が働いていた運送会社で事務として雇っていただきました。
女性が少ない環境で、若いということと、兄のおかげでみんな優しく甘やかしてくれ環境は前職と雲泥の差でした。
居心地がすごく良くて大好きな職場でした。
それでも23歳になった頃に、私の人生このままでいいのかな?
楽しくないわけではないし、不自由もない。
でも、挑戦することもなければ成長もない。
このまま結婚したりするのかな〜
そういえば昔はバリバリ働く女性に憧れていたのにな〜
と考え出しました。
考え出したら、即行動!の私なので、元々興味・憧れがあったウェディング業界に挑戦することを決め動き出しました。
上司に転職したい!と申し出た時には、「寂しいけど、ここにいるのはもったいない!やりたいことが出来たなら応援する!」と背中を押していただきました。
本当に家族みたいな職場で、温かい場所に私は救われました。
今思うと、また頑張れるようになるための充電期間でした。
無事に転職が決まり、憧れのウェディングプランナーとして働き始めました。
とても大変な仕事ではありましたが、毎日が刺激的でした。
私の役割は初めて来館していただいたお客さまのお話をお伺いさせていただき、一緒にプランを立てお申し込みいただくというもの。
1年目は全く結果が出ず、どうしていいのか分からない毎日。
成績が良くないので、接客させていただく機会もなかなか回ってきません。
接客できないと成果を上げることもできません。
唯一自分でお客様を集める方法が【資料請求からの来館】でした。
自分が資料をお送りしたお客さまが来館に繋がった場合、そのまま担当できるという制度があったので
資料請求からの来館率が高い先輩の手紙術を徹底的に学びました。
時間だけはあった1年目。
とにかく毎日毎日手紙を書き続けました。
コミュニケーション能力に長けている先輩の影に隠れて、こっそり接客を聞いてお客様が心を開く瞬間を分析したり、
トップ営業マンを捕まえては、毎週のように夜遅くまで話を聞いてもらい営業のノウハウ、マインドを叩き込んでもらいました。
ボイスレコーダーに自分の接客を録音し、通勤中のBGMにしていました。
2年目には、資料請求の来館が圧倒的に増えそれに伴って成約数も増えていきました。
そうすると、担当させていただける機会も与えていただけるようになり、気付けば1年で120組以上のお客様とご縁をいただけるまでに成長しました。
その結果、女性プランナーとしては、歴代最高記録を残すことができました。
新郎、新婦様の想いを受け取りカタチにしていく日々は幸せで溢れていました。
大切な1日をお任せいただくという責任、プレッシャーはものすごく大きいものでしたが、当日おふたりの幸せそうなお顔やゲストの方々の温かい祝福、何にも変えられない気持ちをたくさん味わってきました。
結婚・出産で退職しましたが、本当に大好きな職場で当時の仲間は私の人生においてかけがえのない存在です。
長男を出産してからは、家庭に入り翌年には次男が誕生。
その1年半後、三男出産。
正直、次男誕生から三男が3歳までの記憶が全くありません。
とにかく、1日を安全に乗り切る!子どもたちを守り切る!そんな毎日でした。
三男が2歳の頃、主人の転勤で佐世保市に越してきました。
それを機に、5年ぶりにパートとして社会復帰。
久しぶりの外の世界。
新鮮で、刺激的で育児のそれとは違う満たされた感覚を取り戻しました。
「働くってこんなに楽しいんだった。」
久しぶりの感覚に私は嬉しくて、楽しくて、「やっぱり私は仕事が好きだ!」と再確認しました。
それでも、仕事と育児を両立するのは本当に大変で、自分の頑張りたい!という気持ちとは裏腹に、病気や怪我での呼び出し。
休まないといけないこともしばしば。
育児に理解ある会社で、いつも快く早退や休みに対応してくださっていたので、本当にお母さんに取って働きやすい職場です。
でも、申し訳ない気持ちが常にあり、思い通りに働けないことにストレスを感じ始めました。
「母親なんだから・・・」
この言葉を何度も自分に言い聞かせていたのもこの時期でした。
それから1年半後、四男を妊娠し産休・育休に入りました。
産前は5ヶ月ほどで復帰予定でした。
すぐに復帰しようと思ったのは、自分の居場所を失いたくないという焦りからでした。
しかし、四男出産後すぐにコロナウイルスがやってきました。
ホテル業界に勤務していたので、もろに影響を受けました。
そのため、育休期間も1年に伸びることに。
結果的に赤ちゃん期をゆっくり堪能できて、成長に寄り添えたことは本当によかったと思っています。
(長男ぶりにゆっくり赤ちゃんと向き合うことができました。)
その時、『子どもたちに寄り添いつつ、仕事ができないか』と働き方について考え始めました。
そして、自分がやりたいことについて深く考えるきっかけになりました。
そこで出会ったのが、Webデザイナーという仕事です。
好きな場所で好きな時間に働ける、フリーランスのWebデザイナー。
すごく魅力的で、この仕事なら子育ても仕事も自分らしく納得のいく生き方ができるのではないか!
そう確信し、飛び込みました。
2021年1月16日、Designshop Mei’sとして正式に開業。
制作会社さんのお力を借りつつ、力を身につけてきました。
デザインのみの案件に留まらず、マーケティングの勉強に力を入れ
集客できるホームページにこだわっています。
それは、私自身開業して1番始めにぶち当たった壁が【集客】だからです。
どんなに強い想いがあっても、どんなに喜んでいただけるサービスを作っても知っていただかないと何の意味もないのです。
マーケティングを学び、私のビジネスは加速しました。
今まで蛇行運転状態で、目的地さえ見えずどこに進めばいいかわからなかった状況から一変しました。
加速さえしてしまえば、自分が止めない限りどんどん状況は良くなっていくことを体感し、
お客様のビジネスが加速するためのきっかけになりたい!背中を思いっきり押せる存在でいたい!
その想いで日々活動しています。
不思議なものですね。
たまたまWebデザイナーという職種に出会い、この道に来たように思っていたのですが、
過去を振り返ると全てが”今”に繋がっていて、私がWebデザイナーになるのは必然だったように感じます。
一緒に未来に向かうパートナーとして、あなたのお役に立ちます。
良いご縁がありますように。
代表 山下 奈津子